【お客さまの声インタビュー】グルメ杵屋 社会貢献の家 田中施設長

「自分一人で頑張らなくていい」―― 創業の志を受け継ぐ施設長が語る、30年の歩みと”寄り添うパートナー”への信頼

外食チェーン「グルメ杵屋」が、株式上場の記念事業として、そして地元のお客様への恩返しとして設立した特別養護老人ホーム「社会貢献の家」。その名のとおり、利用者と地域に尽くす姿勢を30年近くにわたって貫いてきた、関西を代表する福祉施設のひとつです。

開設準備の段階から携わり、学生時代からこの施設を見守り続けてきたのが、田中施設長。創業者の思いを誰よりも近くで受け継いでこられました。

今回は、ノバリ株式会社担当者との長年の歩みを軸に、施設の名前に込められた志、現場で培ったリスクマネジメントの哲学、そして時代とともに変わりゆく介護の現場で、保険代理店に本当に求めるものを、じっくりとお話しいただきました。

※現地にて撮影

※公式ホームページより


「家のような老人ホームを作る」

―― まず、「社会貢献の家」という、とても印象的なお名前の由来から教えてください。

創業者である初代理事長の思いが、そのまま名前になっているんです。当時、グルメ杵屋が株式市場に上場した記念に、何か事業をしようということになりました。新聞に大きく広告を出すとか、パーティーを開くとか、世間にお伝えする方法はいろいろあります。でも理事長は「形に残したい」と。

そして「お客様に育てていただいた会社だから、特に地元のお客様に恩返しをしたい」と考えられた。ちょうどその頃、当時の市長から「民間ではあるけれど、これから保険制度に乗るであろう特別養護老人ホームを作ってほしい」という要望もあって、その二つがぴたりと噛み合って生まれたのが、この施設なんです。

―― 「社会貢献の家」という名前には、最初は驚かれたとか。

ええ(笑)。私はこの施設の設立準備の段階から、当時はまだ学生でしたが、関わらせてもらっていました。当時の老人ホームといえば「何々園」「何々荘」という名前が当たり前でしたから、私は理事長か設立準備室長に「本当の名前はいつ付くんですか」と聞いたんです。

そうしたら理事長に「何を言ってるんだ」と。「グルメ杵屋が社会貢献をして、家のような老人ホームを作りたいから、そのままなんだ」と言われて。当時は正直、少し気恥ずかしかったんです。2000年に介護保険が始まって、民間の株式会社がどんどん高齢者施設を作るようになり、いろんな名前のホームが増えましたけど、当時こういう名前はなかったので。

でも、10年、20年、もうすぐ30年とやってくると、自分たちのミッションが何なのか、職場の名前を見れば分かる。理事長の最初の思いが、名前として受け継がれている。今は本当にそう感じます。


 「知らなかったから、できた」

―― 開設当初は、未経験のスタッフが中心だったと伺いました。

そうなんです。これがこの施設のスタートのコンセプトでした。理事長が「今までとは違う、家のような老人ホームにしよう」と。だから、わざと経験者を入れなかったんです。スタッフの8割が学卒、つまり業界未経験の人。看護師など一部を除いて、ほとんどが社会人経験そのものが初めての人ばかりでした。

実は、だからこそ良かった面もあるんです。経験者だと、この仕事の怖さやリスクを知っているので、かえって踏み出せなかったかもしれない。みんなが知らなかったから、できてしまった。

―― ただ、続けるうちに大変さに気づいていく、と。

そうなんです(笑)。稼働して半年、1年と経ってくると、「これは大変なことなんだ」と、みんなで気づきだす。社会人経験のない新卒の人たちですから、社会では味わわないリスクやクレーム、安全に配慮する義務といったものを知って、怖くなる。

ただ、時代にも恵まれていました。私たちが福祉事業を始めたのは介護保険が入る前で、まだ役所の人が施設利用に関わる「措置」と呼ばれる時代でした。役所のフォローもありましたし、ご家族もご本人も「老人ホームにお世話になります」というスタンスで来られた。今のように「権利をもって施設を利用する」という空気ではなかったので、そこは助けられた部分があると思います。

※公式ホームページより


 「一人で頑張らなくていいんだ」

―― ノバリ株式会社との出会いは、どのようなものでしたか。

担当者がまだ保険会社にいらした頃、初めてお会いしました。最初は、社会福祉法人向けの団体で推奨された保険を選んだ、という形でのご縁です。特別にどこかの会社を選んだというより、推奨されたものを、というのが始まりでした。

―― そこから、忘れられない体験があったとか。

ええ。私がまだ施設長になる前、現場で働いていた頃のことです。あるクレームがあって、その対応をしていたのですが、どう対処していいか分からない。保険の適用が必要かもしれないと思って、事故の報告をしたんです。

そのとき担当者が、「安心してください」と。「ご家族に対面でお話しするのは田中さんかもしれないけれど、我々が一緒に考えていけますから、どうぞ安心して対応してください」と言ってくださった。弁護士さんの存在も教えてくださって、「弁護士さんがつくといいですよ」と。

当時の私は、上司である施設長に迷惑をかけてはいけない、自分一人で食い止めなければ、という勝手な気負いがあったんです。それが、思いがけず社外の保険会社さんと弁護士さんに、精神的に助けてもらった。事故対応をして初めて、「自分一人で頑張らなくていいんだ」と思えた。最終的にその保険を使ったかどうかは覚えていないくらいですが(笑)、あの安心感が、今に続く信頼の原点です。


リスクマネジメント ―― 「初動と、情報共有がすべて」

―― その後、リスクマネジメントの研修も一緒に取り組まれました。

そうなんです。担当者がスタッフ向けの勉強会を開いてくださって。みんなが高いレベルでなくても、基礎知識が浸透するというのは、本当にありがたいことでした。

事故が実際に起こったとき、最後まで対応するのは結局、限られた人なんです。でも、最初の対応――初動によって、その後が大きく変わる。「いろは」の意義を全員が分かっていて、みんなで対応し始めると、後がまったく違ってくる。だから研修は本当に大切だと思います。

―― 「ボタンの掛け違い」という言葉も印象的でした。

そうですね。最初の一歩でボタンを掛け違えると、揉めやすくなってしまう。情報の共有が必要なときに、現場の人たちは悪気なく、情報を上手に出さなかったりする。すると後から「あのときはこうだった」と、本来とは違うところで揉めてしまう。

情報の出し方を全職員で共有できるようになる。これは、研修をしているかどうかで本当に差が出ます。一緒に勉強させていただいたおかげで、今ではスタッフのレベルも上がって、逆に私たちが学ぶことも多いくらいです。


提案の幅 ―― 「うちに合ったものを、財務状況まで分かった上で」

―― 保険の内容や提案について、感じておられることを教えてください。

何が起こるか分からない仕事ですから、網羅できる範囲が広いというのは、大きな安心です。「これは適用の範囲に入りますか」と相談することもよくありますが、対象になる人、範囲、事柄が、比較的総合的にカバーされている。そこが、選んでいる理由の一つです。

そして何より、うちの財務状況まで理解した上で提案してくださる。「高齢者施設だから」「介護事業者だから」と何でも勧めるのではなく、うちに合ったものを選んで紹介してくださる。だからこそ、すごく受け入れやすいんです。

正直に言うと、初めの頃は私たちも保険に詳しくなくて、特約一つとっても「これで何が出るのか」が分かりにくかった。それを一緒に勉強しながら、少しずつ「完成体」にしてきた。共に積み上げてきた感覚があります。

―― 「保険を超えたつながり」もあるとか。

これは保険に直接関わることではないかもしれませんが、保険ってやっぱり”金融”なんだなと思うのは、いろんな方とのお付き合いがあることなんです。

たとえば、私たちが施設に適した歯科医を探していたとき。誰でもいいわけではなく、信頼できる医療機関と出会いたい。そんなとき、施設の実態も、私たちの人柄も分かっているからこそ、ふさわしい先生を紹介してくださる。お客様とお客様をつないでくれるんです。

弁護士や税理士も同じです。最初に弁護士さんの存在を教えてくださったのも担当者で、そのご縁は今も続いている。施設長やスタッフと相性の合う先生で、長くお付き合いできている。本当に、良いお付き合いをしている方からの紹介は、外れがないんですよ。保険という枠だけで終わらない。そこが、ありがたいところです。


 「90代でお元気な方が、当たり前に」

―― 現在、入居されている方の年齢層はいかがですか。

特別養護老人ホームの方は、平均年齢が84歳くらいです。要介護3以上でないと入れませんので。一方、併設しているサービス付き高齢者向け住宅は、平均が90代なんですよ。

昔のイメージとは全然違います。最近は本当にお元気な方が多くて、ご自宅で過ごしてこられて「さすがにそろそろ」と入居される。だから、かえって年齢が高くなっている。時代とともに、高齢者の姿そのものが変わってきていると感じます。

―― ご家族の心配事も、尽きないですね。

そうなんです。働きながら、ご両親が元気でいてくださるのはありがたいことですが、それでも80代半ば、90代になってくると、家族としての心配は必ず出てくる。これから団塊の世代の方々が、まさにそういう時期を迎えます。だからこそ、私たちのような施設の役割は、これからますます大きくなっていくのだと思います。


今後への期待 ―― 「自分たちだけじゃない、という体制を」

―― 最後に、ノバリ株式会社に期待することを教えてください。

私が一番初めに体験したときのように、事故やいろんなことが起こったときには、もちろん自分たちの法人・事業所で対応していくのですが――「自分たちだけじゃないよ」という、その体制を作り続けていただければ、本当にありがたい。それが一番、期待するところです。

最近は、ご家族やご本人、世間が求めるものがどんどん多様化し、高度になっています。価値観もさまざまで、思わぬことをおっしゃる方もいる。そんなとき、迷わず相談できる相手がいる。そして、その相談によって現場のスタッフが安心できる。スタッフが安心すれば、必ず良い方向に向かっていく。

保険商品の中身も大切ですが、それ以上に、困ったときに隣で一緒に考えてくれる人がいること。それが何より心強いんです。これからも、よろしくお願いします。


編集後記

「社会貢献の家」という名に込められた初代理事長の志を、田中施設長は30年近く、施設の名前とともに受け継いでこられました。学卒8割という未経験のスタッフで「家のような老人ホーム」を立ち上げた歩みからは、利用者に寄り添う温かさと、現場で一つひとつ培われてきた確かなリスク感覚の、その両方が伝わってきます。

インタビューを通じて何度も語られていたのは、「自分一人で頑張らなくていいんだ」という、当時の事故対応での実感でした。保険商品の中身以上に、困ったときに隣で一緒に考えてくれるパートナーがいること――それこそが、長く続くお付き合いの本質なのだと、深く納得させられます。

時代とともに、入居される方の年齢も、ご家族の価値観も、現場で求められるものも変わり続けています。だからこそ、「まず相談してみよう」と思える相手の存在は、これまで以上に重みを増していく。ノバリ株式会社は全国のネットワークを通じて、お客様とそのスタッフの”安心”に寄り添い続けます。

田中施設長、貴重なお話を本当にありがとうございました。


※ 本記事は田中施設長へのインタビューをもとに、読みやすさを考慮して一部表現を編集・再構成しています。