建設業者が労災に備えて加入すべき保険はこれだ! リスクに見合った保険の選び方のコツ

はじめに

建設業は労働災害が起きやすい業種です。国を挙げての労災防止対策等で事故件数は年々減少していますが、他の業種より危険が多いことに変わりありません。万一の事故の際にはできる限りの補償が必要です。そのため公的な労災保険の仕組みを十分に知っておくほか、労災保険でカバーできないリスクに備え私的保険の活用も必要です。

建設業の労災発生の実態

厚生労働省によれば、令和5年の労働災害の死亡者数は755人と過去最低でした。しかし業種別のトップは建設業の223人です。また、休業4日以上の死傷者数は約13万5,000人と3年連続で増加、建設業は約14,000人で、事故が発生しやすい業種といえます。

引用:厚生労働省 令和5年の労働災害発生状況を公表

労災に備えた保険の概要

労働災害に備えて国が運営する労働者災害補償保険(労災保険)があります。建設業は、独特の元請け下請け構造、一人親方等の就業者の実態から補償対象などに注意が必要です。
また、国の労災保険は公平迅速な給付のため定型化されています。これでカバーできない損害も発生しうるので、民間保険による補完が必要です。

公的な労災保険制度(労働者災害補償保険)

①労災保険とは

労働者を雇っている事業主(会社・個人事業主含む)は、労働者の業務上の災害について補償義務を負っています(労働基準法第75条以下)。それでも、大きな事故等が発生したら事業主だけでは対応できません。業績不振・倒産・廃業など、労働災害の補償ができないこともあります。

そこで、国が運営する労働者災害補償保険(労災保険)という制度ができました。労働者が業務や通勤中に負った災害を補償する制度で、保険料は事業主が負担します。ケガや病気の治療費、休業補償、遺族補償など広範囲にカバーされます。また、特別加入制度により中小企業経営者や一人親方も加入可能です。保険料率は業種ごとに異なり、建設業ではさらに事業内容により異なる料率が設定されています。

②労災保険の給付は充実している

労災保険の給付の全体像は以下の通りです。私傷病を対象とする健康保険と比べ大変充実しています。

労災保険の給付 健康保険の給付
加入方法 会社が手続き(パートアルバイト等含む) 会社が手続き(健康保険組合・協会けんぽ)
給付の事由 ①業務災害(業務上の事由の災害)
②通勤災害
左記以外(私傷病)
保険料 事業主(会社)負担 事業主(会社)と労働者折半負担
給付内容
①療養の給付 本人負担ゼロ(労災保険から全額給付)。 本人負担3割(健康保険から7割給付)
②休業給付 ケガや病気のため働けないとき
給付基礎日額の80%。期間制限なし。
傷病手当金。最長1年6月まで
③傷病年金 療養開始後1年6ヶ月たっても治らず重い症状が継続したとき。年金+特別の一時金。 なし
④障害給付 ケガや病気が治っても障害が残ったとき。
その状況により年金または一時金。
なし
⑤遺族給付 ケガや病気で労働者が亡くなったとき。
遺族に年金または一時金を支給。
なし
⑥葬祭料等(葬祭給付) 30万円以上の給付 埋葬料5万円
⑦その他 介護給付 二次健康診断等給付など なし

(注)業務災害は「療養(補償)等給付」、通勤災害は「療養等給付」というように(補償)の文字の有無の違いがあります。本表では簡略化して記載しています。

建設業の労災保険の注意点

建設業の労災保険の適用には注意すべき点があります。工期という事業の完了期間があり、その間に請負関係によって異なる事業主に雇用される労働者が業務に従事する業態であるためです。
また、工事現場の労災(現場労災)と工事現場以外の労災(事務所労災)の違いがあります。

①工事現場の労災保険

建設現場では、一つの工事期間が終了して建築物が完成すると事業が終了します。これを「有期事業」と言います。
有期事業の労災保険は、元請け事業主が加入し、工事に従事する全ての労働者を対象とします。下請・孫請等の労働者、パート、アルバイトなども対象です。現場労働者が業務上や通勤途上に災害が起きた場合に必要な給付が受けられます。
各企業の事業主・役員、家族従事者や、一人親方などの個人事業主は、雇用されていないため、労災保険の対象外です。ただし、自分で保険料を負担する「特別加入」の仕組みがあります。
保険料は対象労働者の賃金総額に保険料率をかけて算出します。保険料率は各工事の内容により1,000分の6から34まで細分化されています。

②工事現場以外の労災(事務所労災)

元請・下請事業に関係なく、従事する労働者がいれば事業主は加入義務があります。
現場以外で業務を行う労働者が、業務中や通勤途上に災害が起きた場合に保証されます。
工場や作業場で(特定の現場のものでない)製品を作る、作業場や資材置場で片付け・整理、道具の手入れ、営業、事務(会社の経理等)等といった場での業務災害や通勤災害が対象です。
この事務所労災について未加入が多く問題になっています。
労災保険に未加入でも、実際に労災が起これば、被災労働者を保護するため労災保険の給付は行われますが、事業主はさかのぼって保険料を徴収されるほか、労災給付の金額の40~100%の金額を徴収されます。

③特別加入制度について

会社経営者や一人親方等は雇われていないので、原則として労災保険は適用されません。
しかし、中小企業事業主は労働者同様に業務に従事しています。一人親方も自身で業務に従事しており、いずれも実態は労働者と変わりません。
このような人々は「特別加入制度」として希望すれば自分で保険料を負担して労災保険に加入できます。建設現場の人なら事故に備えて特別加入すべきです。
一人親方等で、なんらか民間保険に入っているのでそれでよい、と考える方もいるようです。しかし、民間保険はあくまで契約金額しか補償されません。国の労災保険は条件に該当する限り無制限に補償が受けられます。障害を負ったり、不幸にして亡くなったりした場合など長期間の補償が必要なことを考えれば、労災保険特別加入は積極的に活用すべきです。

私的保険によるカバー

国が運営する労災保険制度は大変充実していますが、なお不十分な点があり、私的保険でのカバーが必要です。

①労災保険でカバーされない損害

公的な労災保険では、次のような点はカバーされていません。

・公的労災保険の給付は定型化されています。例えば障害等給付は、高度の障害なら概ねボーナス込み年収に近い額の年金が支給されますが、精神的損害の慰謝料などは対象外です。様々な逸失利益等も考慮されません。このため、労災保険の給付があっても、被災労働者やご遺族等から事業主に民事上の損害賠償請求を受けることがあります。

・建設現場では、雇用関係のない人に業務委託等で手伝ってもらうこともありますが、このような人が災害に遭った場合は労災保険の対象外です。しかし、業務委託の委託者は受託者への安全配慮義務を負っています。労働災害の損害をフルにカバーする必要があります。

②これらをカバーする私的保険

これらをカバーするために、「労災上乗せ保険」と呼ばれる私的保険があります。
「使用者賠償責任保険」(EL保険)、「労働(者)災害総合保険」等の商品名で販売されています。給付内容は、保険会社等により様々です。自社で起こりうる労働災害と保険内容を考えて、相応しい保険を選択することが必要です。元請けか下請けか、どのような工事を請け負っているのかなどで発生しうる事故やリスクは様々です。それにより、幅広いリスクに備えた保険にすべきか、個別のリスクに備えた保険を組み合わせるべきか等を考える必要があります。

まとめ

労災保険には必ず加入し、それに加えて私的保険も検討しましょう。建設業に精通した保険会社や保険代理店に相談して、自社に応じた保険プランを提案してもらうことをおすすめします。

この記事を書いた人

玉上 信明(たまがみ のぶあき)
社会保険労務士玉上事務所所長、社会保険労務士・健康経営エキスパートアドバイザー

三井住友信託銀行にて年金信託や法務、コンプライアンスなどを担当。2015年同社定年退職後、社会保険労務士として開業。執筆やセミナーを中心に活動中。人事労務問題を専門とし、企業法務全般・時事問題・補助金業務などにも取り組んでいる。

公式ブログ:toranekodoranekoのブログ