経営者に求められる自然災害への対応とは?具体的な対応内容と保険の活用について解説

はじめに

日本では地震、台風、大雨、津波、火山噴火はじめ多くの自然災害が発生します。深刻な感染症(パンデミック)もその一つでしょう。

そんなときも、企業は「事業の継続」(災害からの早期復旧、事業継続)が求められます。事業継続のための計画を「事業継続計画(Business Continuity Plan、BCP)」と呼びます。

この記事では、自然災害時に企業が負う責任と対応を法的観点で整理し、事業継続計画策定の方法をご紹介します。さらに損害を補填する保険の活用についても触れます。

事業継続計画の定義

内閣府は事業継続計画(BCP)を次のように定義しています。

「大地震等の自然災害、感染症のまん延、テロ等の事件、大事故、サプライチェーン(供給網)の途絶、突発的な経営環境の変化など不測の事態が発生しても、重要な事業を中断させない、または中断しても可能な限り短い期間で復旧させるための方針、体制、手順等を示した計画」(内閣府「事業継続ガイドライン」)。

 引用:内閣府「事業継続ガイドライン

事業継続と共に必要なもの

災害時に企業が考慮すべきなのは事業継続だけでなく、少なくとも以下の三点が必要です。

生命の安全確保

顧客が来訪する施設なら顧客の安全確保、 病院や福祉施設等なら患者・入居者の安全確保が最優先です。企業役職員、派遣社員、関連会社、協力会社等の人々の安全確保も必須です。

二次災害の防止

施設の火災防止、建築物等の倒壊阻止、薬液漏洩防止など、周辺地域の安全確保の観点から二次災害防止に取り組みます。危険物を扱う製造業等はとりわけ万全の対策が求められます。

地域貢献・地域との共生

市民、行政、取引先企業などと連携し、地域の復旧を目指す必要があります。建設業なら、災害時にこそ行政と連携し、いち早く救援や復旧に当たることが期待されます。

引用:全国建設業協会 地域建設業における「災害時事業継続の手引き

自然災害時の事業継続と安全配慮義務は車の両輪

自然災害時に事業者が従業員や顧客等の安全を守る「安全配慮義務」を尽くすことは、事業継続のため不可欠です。事業継続と安全配慮義務は車の両輪です。

従業員が動けることは事業継続の原動力です。また安全配慮義務を尽くすことが従業員のモチベーションを高め、災害発生時・復旧時の多大なストレスから従業員を守ります。

顧客や入居者など施設利用者の安全確保は必須です。安全が確保されない店舗や敷地なら顧客等の足が遠のき事業継続の危機にさえ陥りかねません。

地域住民や通行人などへの二次被害防止も重要です。被災を復旧できないなら立ち入り禁止などで二次被害防止に努めます。二次被害が発生したら復旧が遠のき、場合によっては地域での事業存続すら危ぶまれます。

過去に経験した気象事象については「想定外」「不可抗力」という主張は許されない

災害発生時に事業主が「想定外、不可抗力」と主張しても、過去に同程度の気象現象の記録があれば、予見可能性ありと判断され「不可抗力」の主張は認められないでしょう。過去の気象現象の記録を確認し、対策を取る必要があります。

事業継続計画のポイント

以上に基づいて、実際の事業継続計画策定手順を検討します。

概ね次のような項目を定めます。

①緊急時の体制

事業継続の緊急体制。関係者の役割・責任、指揮命令系統明確化。最終責任者は経営者と明記。重要な役割者の死傷・連絡途絶等に備え、権限委譲、代行者・代行順位規定。

②緊急時の対応手順 

重要業務を目標復旧時間内に復旧する対応手順を明確化。

事業継続計画の具体的な策定方法

内閣府、所管官庁、業界団体等で様々なガイドライン等が公表され、事業継続計画策定が義務づけられる業種もあります(災害拠点病院の医療機関や介護業界等)。

ここでは、全国建設業協会の地域建設業における「災害時事業継続の手引き」から、概要をご紹介します。

地域建設企業は大企業と異なり経営資源が限られ、しかも、災害発生時には迅速な応急復旧やライフライン復旧の役割が求められます。自社の事業継続体制を確実に整える必要があります。

この手引きは、地域建設企業向けで簡潔・実践的です。多くの方の参考になるでしょう。以下に3つの計画策定としてご説明します。

(その1)重要業務選定から緊急対応計画作成及び担当部署ごとのマニュアルの準備

被災時に使用できる資源(ヒト・モノ・カネ・情報)には制約が生じます。全業務の同時復旧は困難なので優先順位を定めます。

優先業務と目標時間の把握

優先的に取り組む業務を選定し、業務ごとの目標時間を把握します。

・優先業務

従業員等の安全確保、二次被害防止の現場確認、地域災害復旧への協力、優良取引先の受注物件の至急点検など。

・重要業務ごとの目標時間の設定

災害発生後の何時間後、何日後までに実施する目標時間を設定。設定時には「夜間・休日に震度6強の直下型地震発生」「電力・電話は2日間途絶」「水道は1週間断水」といった具体的シナリオを想定します。

災害発生から1箇月後程度までの緊急対応計画

例えば次の形で緊急対応計画を策定します。

引用:全国建設業協会「地域建設業における「災害時事業継続の手引き」

全社的な大筋の計画設定後、関連した指揮命令系統図、緊急連絡先リスト、被害確認チェックリストなどの整備。各担当部署で対応マニュアル等を整備します。

(その2)事前対策の実施計画の作成とその実施

計画を作っても実際の対応は容易ではありません。予算も必要です。厳しい予算制約の中でも中期的な視野で事前対策を計画します。

例)
・半年以内 資材Aの代替調達先確保、避難路のサイン表示
・1年以内 サーバーの無停電装置購入 事務所内家具の耐震固定
・3年以内 社屋Bの耐震診断 一斉自動配信の安否確認システム導入
・上記以外に実施すべき事項(予算が立てば対応する事項)
  社屋Cの耐震補強 非常用電源設備の整備 社員自宅の耐震補強促進

(その3)訓練•維持改善の計画とその実施

緊急対応訓練(役割確認の机上訓練、災害対策本部・非常電源立上げなど実働訓練)を実施します。安否確認訓練、避難誘導訓練も重要です。訓練概要(日時、参加者、所感等)を記録、結果を評価し対応計画改善につなげます。

引用:全国建設業協会「地域建設業における「災害時事業継続の手引き」

その他注意点

その他、次の点も注意が必要です。

・緊急時は現場判断優先

災害は突然やってきます。現場に居合わせた人が、即座に判断し行動する必要があります。主任クラス以上の責任者には、万一の時に自分が陣頭指揮を執る覚悟をもたせ、訓練の場で実践させましょう。

・地元自治体等との協働

東京都などでは「帰宅困難者対策条例」が定められています。地元自治体等の定めに応じた対応(災害時備蓄など含めて)を実施する必要があります。

いざというときに備えた民間保険も活用を

事業継続計画策定を通じ、災害リスクに必要な補償を確認し、損害保険の加入や見直しを検討します。

・想定される災害が補償されているか。
 例えば、「建設工事保険」は台風については「風災」のみが対象です。「水災危機担保特約」付保を検討します。

・補償内容は想定被害に対して適切か。保険金額(支払限度額)、支払い基準や免責事項もチェック。

・建屋だけでなく、生産設備や商品・製品等の被害への補償や事業中断による損害の補償が必要か。

・労働災害に備えて「労働災害総合保険」等の加入を検討。

・「第三者」の損害への保険も検討。建設業者なら「生産物賠償責任保険(PL保険)」や「請負業者賠償責任保険」等です。

中小企業庁では「事業継続力強化計画」の策定で、損保の保険料割引のほか融資、税制、補助金などの優遇措置も得られる制度を設けています。活用を検討しましょう。

参考:「事業継続力強化計画×保険パンフレット(中小企業庁と損保協会で共同作成)」

この記事を書いた人

玉上 信明(たまがみ のぶあき)

社会保険労務士玉上事務所所長、社会保険労務士・健康経営エキスパートアドバイザー

三井住友信託銀行にて年金信託や法務、コンプライアンスなどを担当。2015年同社定年退職後、社会保険労務士として開業。執筆やセミナーを中心に活動中。人事労務問題を専門とし、企業法務全般・時事問題・補助金業務などにも取り組んでいる。

公式ブログ:toranekodoranekoのブログ

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